はたらきのデザインに足りなかったパーツ B274『エクセルギーと環境の理論: 流れ・循環のデザインとは何か』(宿谷 昌則)
宿谷 昌則 (著)
井上書院; 改訂版 (2010/9/25)
別のエコハウス関連の書籍で本書に掲載されている表が載っていたので気になって購入。
エクセルギーとは
エクセルギーは聞き慣れない言葉である。
例えば、「エネルギー消費」「省エネ」「創エネ」などと言ったりするが、厳密にはエネルギーは増えたり減ったり、創ったり、消費したりしない。ありかたを変えるのみである。これは熱力学第一法則「エネルギー保存の法則」であり、この世界の大原則だ。
では、先程の言い回しがどうなるかと言うと、実は消費されたり、生成されるのはエネルギーではなく、エクセルギーである。
エクセルギーは「拡散という現象を引き起こす能力」を表す。
例えば熱が高い方から低い方に伝わって安定したり、濃い液体が薄い液体に混じり合って安定したり、あらゆる現象は基本的に拡散していない状態からより拡散した状態へしか進行しない。この、移行しようとする能力が一般に言うエネルギーの正体であり、エクセルギーと呼ばれるものである。
これは、熱力学第二法則「エントロピー増大の法則」であるが、エクセルギーとエントロピー、そしてエネルギーは切っても切れない関係にある。
エクセルギーは資源性をあらわし、エントロピーは廃棄されるべきゴミである。
また、20℃の物体は、30℃の空気中では空気を冷やす能力を持つ(冷エクセルギー)が、同じ物体が、0℃の空気中では空気を温める能力を持つ。(温エクセルギー)、というようにエクセルギーは環境によってその能力が変わる。
エネルギーの全体量は変わらずとも、そこに偏りがあれば、資源性を持つ。それがエクセルギーである。
エクセルギーは今までのイメージを塗り替える
そのエクセルギーには実際どんな意味があるか。
まず、エクセルギー・エントロピーの概念を導入すれば、例えば何℃のお湯が冷めるまでどれくらいの時間をかけてどういう経過を経るか、というような、さまざまな現象を数値として扱い計算によって導き、その資源性を数字として把握したり比較することが可能となる。また、様々な形態をとる資源としてのエネルギーがどう循環しているか、というのを並列に捉えることが容易くなる。
例えば、「体感温度≒(室温+周壁の表面温度)÷2」みたいなことが言われたりするけれども、もっと厳密に、室温と周壁の表面温度その他の条件によって、人体が消費するエクセルギー、言い換えると人体に対する負荷/心地よさがどう変化するか、といったことを根拠をもって理解することができる。
▲p.79 この図を他の本で見かけて本書を購入した。
それは、熱力学の成果であるが、ある現象に対する今までのイメージをひっくり返したり、新たなイメージを得る、というような経験を与えてくれる。
これは今、環境について考えようとした場合に必須の経験かもしれない。
▲p.25
例えばこの図。20℃ 20Lの水を40度に温めたものと、20℃ 5Lの水を100度に温めたものでは資源性が異なる、と言われてピンと来るだろうか。
私は、同じエネルギー量なのに、そんなわけはない、と思ったが、実際にエクセルギーを計算するとこうなるし、平衡状態へ至るのに要する時間が大きく異なる。
エネルギーの持つ資源性を考えるには、そこにエクセルギーという概念のイメージを新たに付け加える必要がある。
地球という閉鎖環境と流れ・循環
本書の内容はヘビーな大学の講義2コマ分はゆうにありそうなので、すべてを説明はできないが、本書では、日照から、光、温度、人体、植物、有機物、熱機関といった多岐にわたる物事の流れと循環がエクセルギーという概念で説明されている。
そこには著者の通底する思想がある。
地球は、太陽から受け取った日射エクセルギーによって、上記のようなざまざまなシステムの流れと循環が生み出され、そこで生成されたエントロピーを宇宙へと排出することによって平衡を保っている、という「エクセルギー・エントロピー過程」を含んだ閉鎖系である。
▲p.50
その閉鎖環境の中で、これまで営まれてきた流れ・循環を、強引な操作によって乱れさせているのが環境問題であるとするなば、その流れ・循環を整え直すための理論を提示することが著者の思いかもしれない。
例えば、照明計画に関しては、
昼光照明とは、日射エクセルギーが消費され尽くすまでの道筋(過程)を照明という目的に合うように「流れ」を変えることだといえよう。昼光照明は「流れのデザイン」の一つなのである。(p.74)
と〆られている。
注意して見渡せば、「資源性」は至る所に発見することができるだろう。
その資源性が生み出す流れ・循環を無理せず途切れさせないように少しだけ道筋を変えることで、目的を達成すること。
それこそが、今考えるべきことであり、例えば「21世紀の民家」に必要なものだろう。
はたらきのデザイン
今まで、例えばアフォーダンスやオートポイエーシスといった、世界の見え方を変えてくれるものに出会ってきたけれども、この本は、極稀に訪れるそんな出会いになる可能性を感じた。
「流れ」と「循環」は、ものやものの集まりではなく、それらの働きである。働きとは機能である。機能に対置する熟語は構造だ。もののかたちづくる構造の振る舞いが機能だからである。構造は<かたち>、機能は<かた>と言ってもよい。構造は写真に撮れる。機能は写真に撮れない。だから、構造は見て取れるが、機能は読み取らなくてはならない。(中略)「デザイン」といえば<かたち>――そう連想するのが常識だろう。<かたち>がデザインの一側面であることは間違いないが、「デザイン」にはもう一つの側面<かた>があることを見落とし(読み落とし)てはならないと思う、本書の副題を「流れ・循環のデザインとは何か」とした所以である。(p.339)
奇しくも、アフォーダンスもオートポイエーシスも構造ではなく、機能・はたらきへの目を開かせてくれた。
しかし、建築として<かたち>にするには、何かパーツが足りていない気がしていた。
本書を読んで、その足りていない<パーツ>の一つは、「流れ」と「循環」のイメージ、及びそれに対する解像度の高さだったのかもしれない、という気がした。
その解像度を高めつつ、それが素直にあらわれた<かたち>を考える。そして、あわよくば、そこにはたらきが持つ生命の躍動感が宿りはしないか。
そんなことに今、可能性を感じつつある。
メモ
・太陽の日射エネルギーの約半分が地表に吸収されるが、そのうち半分ほど(47%)は水の蒸発によって運び去られる。残りは対流によってが14%、放射が39%で、この収支が成り立つことで地表の平均温度が保たれる。水の循環による役割は大きい。と考えると気化熱を利用するのは自然の仕組みにかなっていそうな気がする。
・日射に対してエネルギー、エントロピー、エクセルギーがどのように割り振られるかの計算をエクセルで再現したところ、コントロール可能なパラメーターは入射角・吸収率・断熱性が考えられる。断熱性能を上げても、伝熱にかかる時間が長くなるだけで、トータルの室内に入るエネルギーは変わらないイメージだったけど、比較してみると外に逃げたり消費されたりする割合が変わり、断熱性を高めると室内へ向かうエネルギー及びエクセルギーもそれなりに減少する。また、吸収率の影響はかなり大きい。
・物体が電磁波によって放出するエネルギーは物体の絶対温度の4乗に比例。
・地球には日射を動力源、水を冷媒とした巨大なヒートポンプと呼べる循環がある。また、地球は植物の光合成を起点とした養分循環による熱化学機関とも言える。
・これからはパッシブシステムをよりよく働かせるようなアクティブシステム・アクティブ型技術・それに伴う哲学や思想、科学が必要。
・空間に放たれた光は最終的にはすべて熱に形態変化する。
・人体の温冷感覚は、人体を貫いてエネルギーや物質がどのように拡散していくか、身体エクセルギーの消費の仕方や大きさで決まる。
・冷房病は人体エクセルギーが過度に消費され続けて「だるさ」を感じさせることかもしれない。
・ある条件で、人体エクセルギー消費量が最も小さくなるのは、冬で室内空気温18℃・周壁平均温25℃の場合(2.5W/m2)、夏で室内空気温30℃・周壁平均温28℃・気流速0.2m/s程度の場合(2.0W/m2)となる。人体が快適と感じる状態を生み出すためには、室内空気温そのものよりも、室内空気温に対して周壁平均温を冬は上げ、夏は下げる方が効果が高いケースがある。
・湿度にも同様に資源性がある。
・冷暖房時には外皮から出入りするわずかな熱エネルギーの差が重要。何かの目的を達成するために発電所に投入されるエクセルギーはその20倍以上となることが多い。
・暖房において建築外皮の断熱性・気密性向上は、ボイラー効率の向上よりも、エクセルギー消費を減らすのにはるかに効果がある。
・冷房時には日射に起因する室内での発熱量を屋外日除け等によって減らし、照明等の発熱を抑えることが重要。
・夏季に、蒸発冷却や夜間放射冷却を利用し、対流によって涼しさを得るのを「彩涼」、放射によるものを「彩冷」という。その際躯体蓄冷が有効。
・植物は光合成によってグルコースを生産し酸素を廃棄するとともに、蒸散によって冷エクセルギーを生み出す。それが最も大きくなるのは日射量50W/m2,風速0.5-2.0m/s程度のときであり、蒸散による冷エクセルギーの生成には程よい日射遮蔽が必要。
・建物の長寿命化とは、生産過程の大量なエクセルギー消費と引き換えに、建材中に固定したエクセルギーを、工夫によってできるだけゆっくり消費が進むようにすること。
・エクセルギー消費量は当然住まい手の行動意識に大きく左右される。パッシブ型の冷暖房が十分に機能し「快」の知覚が得られるようにすることで、住まい手の行動を変えていくことも重要。
・実行(冷)放射エクセルギー(放射冷却)は、外気相対湿度が低いほど、外気温が低いほど大きくなる。外気温0℃湿度40%のとき5.5W/m2、外気温32℃湿度60%のとき1W/m2となり、夏に比べて冬のほうがかなり大きい。
・夏の1W/m2も人が涼しさを得るには必ずしも小さくはないが、地物の温度が高いと温エクセルギーになることもある。
・蓄熱は(外気側)断熱によってエクセルギーの蓄積量・定常状態までの時間がかなり大きくなる。
・物質は濃度の高い方から低い方へ拡散するため、ひしめきあって存在する液体水は、大気が水蒸気で飽和していなければ、温度の高低にかかわらず水蒸気になろうとする。
・いわゆる冷房病は人体が対流によって冷エクセルギーを受け取るような場合に起きる。
・大きな温エクセルギーを人体に与えることが暖房ではなく、大きな冷エクセルギーを人体に与えることが冷房でもない。冷暖房は、人体から周囲空間へのエントロピー排出がうまく行えるように、人体からほどよい温エクセルギーが出力されるようにすることである。