保育の現場で「どうしてそうするのか」の原則を共有するために B199 『環境構成の理論と実践ー保育の専門性に基づいて』(高山静子)
高山静子 (著)
エイデル研究所; B5版 (2014/5/30)
環境構成という専門技術
この本では、さまざまな園の異なる実践に共通した原則を説明することを試みました。原則は、実践の骨組みとなる理論です。原則ですから、理想の園や理想の環境を想定して、それに近づくことを求めるものではありません。人が太い背骨を持つことでより自由な動きができるように、それぞれの保育者が、環境構成の原則を持つことによって、より自由で柔軟な実践ができればと願っています。
保育園、幼稚園、認定こども園などの保育施設での保育に関する理論を何かしら知っておきたい、ということで手に取ったのですが、めちゃめちゃ参考になりました。
例えば、学童期以降の子どもは、机に座り教科書を使って抽象的な概念を学ぶ、ということができます。
しかし、乳幼児はまだそれができないので、自ら直接環境に働きかけ、体験を繰り返すことで、さまざまなものを学んでいきます。
直接教えるのではなく「環境を通して」教育を行うのが原則で、保育者はそのために、子ども自らが学べる環境を構成していく、というのが幼児教育の一番の特徴・独自性のようで、とても腑に落ちました。
そのために、保育者には、高い専門性に基づいた広く深い知識と環境構成の技術が求められるのですが、それは「園と家庭や地域とのバランス、安全と挑戦などのさまざまな矛盾の中でのバランスを踏まえた上で、その時々の個々の子どもの状態に合わせた環境の構成・更新を繰り返す」という非常に高度なものです。
そのような実践のための理論を体系的にまとめたのが本書ですが、保育に求められることの専門性と理論の大枠がイメージできたというのは大きな収穫でした。
また、僕はこれまで、子どもが育つ上での建築をどうつくればいいか、というのを一番のテーマとして考え続けていて、「「おいしい知覚 – 出会う建築」」というところに辿り着きました。
そこで辿り着いた考え方と、保育の分野での考え方と重なる部分が多いように思ったのですが、それがあまりにもぴったり重なるのにびっくりしました。(もともとの問題意識の設定からすると当たり前といえば当たり前なのかも知れませんが、もう、保育施設を設計するためにこれまでがあったんじゃないか、くらいに感じます。)
理論の必要性と展開
では、そのような理論をなぜ知っておきたい、と思ったのか。
例えば、保育のための空間を設計するという場面を考えた時に、個人的な体験や好みで決められることも多いような印象があります。それがスタートでも良いと思うのですが、保育の現場では特に「どうしてそうするのか。そうしたのか。」が説明できた方が良いと思いますし、そのために「太い背骨」となるような理論があることは非常に有効だと思うのです。
「どうしてそうするのか。そうしたのか。」ということは、建物の設計や建設の段階では、多くの関係者が同じ方向を見て良いものをつくっていくために必要なものです。
また、建物ができた後の実際の保育の現場でも、保育者や保護者等の関係者が、同じ方向を見て良い保育を実践していくために必要なものだと思います。そして、それが子どもたちのよい体験へとつながります。
園の目指すもの・思想といった大きな枠・物語は園長先生等トップが描くことが多いと思いますが、保育者や設計者がそれをプロフェショナルとして実践のレベルでさまざまな要素に落とし込んでいくには、専門的な理論の枠組みを掴んでおくことは非常に大切です。
その点でこの本に書かれているものは、まさに!という内容でした。
この本で学んだ背骨としての理論を実践として展開できるように、さまざまな事例や理論の研究を進められたらと思います。
(同じ著者の実例よりの本も買っているのでとても楽しみです。)
建築に求められるもの
ところで、環境構成は状況に応じて臨機応変に行われるべきものです。そんな中、建築空間には何が求められるでしょうか。
園が子どもも興奮させ一時的に楽しませる場所であれば、できるだけにぎやかな飾り付けが良いでしょう。しかし園は、子どもの教育とケアの場です。そこでは、レジャーランドやショッピングセンターの遊び場とは一線を画した環境が求められます。子どもたちが、イメージを膨らませて遊んだり、何かの活動に集中するためには、むしろ派手な飾りがない落ち着いた環境が望ましいと考えられます。
著者は、基本的には子どもが個々の活動に集中できるように一歩引いた存在であるべきという前提です。
例えば、空間を構成する技術として「子どもの自己活動を充足させることが出来る空間」「安心しくつろいだ気持ちになれる空間」「子どもが主体的に生活できる空間」「個が確保される空間」「恒常的な空間」「変化のある空間」など挙げ、それらのバランスをとりながら空間を構成する、と書いています。
その他、さまざまな事が環境構成の技術・理論としてまとめられていますが、保育者のための理論という意味合いが大きいので、重点は個々の場面での環境構成という短いタイムスパンに区切ったものが多かったように思います。
それに対して、建築は、子どもにとっては建築は在園中の長い期間接するものですし、個々の場面だけではなく建築全体としても子どもの環境になりうるものです。また、それは街からみると、もっと大きなスパンで存在するものですし、風景としての要素も小さくはありません。
ですので、個々の発達段階の空間構成に寄与できる空間をつくるとともに、建築全体としても園の思想を表していること、まちの風景であること、子どもにとっての原風景となれるような建築体験ができるものであること、などが建築には求められるのではないでしょうか。
特に子どもにとっては、住宅を除いて初めての長期的な建築体験の場になることが多いと思います。建築でしか出来ないような体験、出会いを作り出すことも設計者の大きな役割だと思いますし、そのための術を磨いていきたいですし、それは住宅も同じだと思います。