都市新世の原理 B265『スケール 上・下:生命、都市、経済をめぐる普遍的法則』(ジョフリー・ウェスト)
ジョフリー・ウェスト (著), 山形 浩生 (翻訳), 森本 正史 (翻訳)
早川書房 (2020/10/15)
ジョフリー・ウェスト (著), 山形 浩生 (翻訳), 森本 正史 (翻訳)
早川書房 (2020/10/15)
ネット上で何度か見かけたので読んでみました。
流れの法則
本書の基本的な視点はペジャン&ゼインの提唱するコンストラクタル法則と一致する。
コンストラクタル法則によると、すべての流れるものは
・より良く(より早く、より容易に、より安く)流れるように進化する。
・それは、最も多くの流れをより早くより遠くまで動かす流れと、もっと少ない流れをもっとゆっくりもっと短い距離だけ動かす流れの2つで構成され、それらの流れに要する時間は等しくなる。
・上記の構成は階層的・入れ子的に多くのスケールの構造となり、それぞれのスケールにふさわしいデザインとなる。(オノケン│太田則宏建築事務所 » それぞれのスケールにとって適切な流れの大きさや速さ、それに伴うデザインがある B189『流れとかたち――万物のデザインを決める新たな物理法則』(エイドリアン・ベジャン))
つまり、流れが最適化されることで様々なものに共通する法則が生まれる、ということである。
本書ではさらに、その法則に中に隠れた1/4のスケーリング則があり、その根拠が探ることで、下記のような疑問に見事に応えるようなものになっている。
なぜ人間は120年までは生きられても、1000年、100万年は生きられないのか?
なぜ生涯心拍数は、ゾウ、ネズミなどあらゆる哺乳類で、15億回とほぼ同じなのか?
細胞やクジラから、森に至る様々な生態系は、なぜ非常に普遍的、系統的、予測可能なかたちで、サイズに応じてスケールするのか?成長から死まで、それらの整理と生活史の大半を支配しているように見えるは方の数字4はどこからきているのだろうか?
なぜヒトの成長は止まるのか?なぜヒトは毎日8時間寝なければいけないのか?
なぜほとんどの企業は比較的短期間しか続かないのに、都市は成長を続け、最も強力で不死にみえる企業にさえ起こる破滅を回避できるのか?
都市や企業の科学は作れるだろうか?
都市の規模に上限はあるのか?あるいは最適規模は?動物や植物に大きさの上限はあるのか?
なぜ人生はますます加速し、なぜ社会経済生活維持のためにイノベーション速度は加速し続けなければならないのか?
人間の作り出した、たった一万年で発達したシステムが、何十億年もかけて進化した生前生物界と今後も確実に共存し続けるようにするにはどうしたらよいのか?アイデアと富の創造による活気ある革新的な社会は維持できるのか?それとも紛争と荒廃のスラム惑星になるしかないのか?
1/4のスケーリング則
様々なフラクタルなスケーリング則には1/4というマジックナンバーが隠れているという。
例えば、あらゆる生命の代謝率は体重が2倍になるごとに、約1.68倍になる(※注)(対数表示した際の傾きが3/4)が、同様に成長率の指数は3/4,大動脈長やゲノム長は1/4,大動脈と木の幹の断面積は3/4,心拍数は-1/4(体重が2倍になると、心拍数は2^-0.25=約0.84倍になる)・・・・というように、このマジックナンバーは生命に限らず、企業や都市の成長などの非生物にも現れる。
(※注 本書では、対数の傾きが3/4を言い換えると、2倍になるごとに75%増し、と書いているけれども2^0.75=1.6817…が正しい)
これは、(1)空間充填(2)端末ユニットの不変性(3)最適化(必要なエネルギーの最小化)のネットワーク原則によるそうで、例えば血管は(1)体を血管が充填し、(2)端末の毛細血管のユニットはトガリネズミもクジラもほぼ同じ(さらには血圧も同じ)であり、(3)血流を送り出すのに最小のエネルギーとなる形態をしている(血管が枝分かれをする際はエネルギー的に不利になるなる鼓動(波運動)の反射が起こらないように、前後で同じ断面積、つまり、枝分かれ後の管の径は枝分かれ前の径の√2となるようになっている)そうである。
さらに、空間充填をする際に、次元が一つ上がるようにみえる(例えば、1次元の線が面を充填していけば、面の2次元に限りなく近づくように)ことが1/4のマジックナンバーのもとであるようだ。(本書を読んで実際に検算してみると面白いと思う。と思ったけど、先程の0.75のような表記はナシかな・・・)
都市新世の原理
本書は生命だけでなく、企業や都市などにも生命のようなスケーリング則が当てはまることを突き止めていくのが特徴だが、その流れで、著者は人新生を都市新生と言い換えることを提唱する。
生命の代謝率、エネルギーの供給は3/4のべき乗、線形未満でスケールするのに対し、エネルギーの需要はおおむね線形で増える。
これによって、小さいうちは(エネルギー供給量)-(維持に必要な需要量)が成長に使われるが、やがて需要と供給が拮抗し、成長が止まり、やがて死をもたらす。
企業もこれと同様に成長のペースを落としながらやがて死に至る。
一方、都市においては、都市が拡大するに連れ、生み出す代謝エネルギーの供給は、その維持に必要な要求量よりも速く増大する。これが、都市がほとんど死に至ることなく、指数関数的に成長し続ける原理である。
生命の進化における最大の発明とも言える、死の原理を覆して増殖を続けるのが都市であるならば、新人生を都市新生と呼びたくなるのも納得できるし、がん細胞を想起してしまう。
指数関数的に成長し続けるということは、必要なエネルギーも指数関数的に増大しやがて破綻するため、その前にパラダイムシフトを起こすようなイノベーションが必要である。人類は、実際にこれまでも何度か、そのようなイノベーションを起こしてきており、これからもイノベーションを起こし続ければ良い、というのが楽天的な(これまでも何度も論争のあった)視点であるが、同時にイノベーションの必要なサイクルも加速しており、理論的には0へと近づくような間隔で世界をリセットするようなイノベーションを起こし続けるというのは不可能であるし、イノベーションに必要な資源も有限である。
著者は、それに対してスケーリング則の目でもって世界を捉えることの必要性を解くが、楽観的な解決法をあげることはない。
しかし、死の原理を覆した存在に対して、死とはいわずとも、減速のための大きな発明が必要なのは間違い無いように思う。
(とは言え、都市が拡大するほどエネルギー効率が良くなるので、みんな田舎に行け、というのもまた違う)
さて、本書で描かれたスケーリング則を建築の視点から考えるとどうなるだろうか。
最適化されたものの美
ありきたりな結論ではあるけれども、「人間は(1)空間充填(2)端末ユニットの不変性(3)最適化といったネットワークの原則、スケーリング則によって最適化されたものに美もしくは安心感を感じる」と仮定すると、それを感じさせるような形態を追求するとともに、『流れとかたち』で考えたような都市や建築のスケールに対する感度を高めることだろう。(例えば、黄金比も空間充填の原理を持つ)
都市に関しては、減速都市のようなコンセプトができればよいけど、資本主義の物語自体を書き換えない限り難しいだろうな。